「量」を扱える時代に

東大の武田先端知ビルで行われていたシンポジウム「ユビキタス情報社会における都市デザインとコミュニティ」を覗く。時間の関係で第一部のプレゼンテーションしか聞くことができなかったが、なかなか刺激的であった。


SFC専任講師でurban dynamics laboratoryでも対談を掲載中の田中浩也さん、東北大学助教授になられた本江正茂さん、ソフト開発会社の経営者の中嶋謙互さん、建築家の渡辺誠さんのプレゼンを拝聴。


本江さんのプレゼンテーションは、内容はもちろんですが、その堂々たるプレゼンテーションのその姿自身に感銘を覚えました。ピンマイクをつけ、ワイヤレスのマウス?のボタンをクリックしながら、パワーポイントの画面を背景に身ぶり手ぶりをまじえて聴衆に語りかけていく姿は、(実際にみたことはありませんが)スティーブ・ジョブスなんかのプレゼンテーションもあんな感じなのかな、という感じ。

このプレゼンテーションの方法も情報デザインの一環なんだなと思う。


また中嶋さんは、今回のシンポジウムではじめて知ったのですが、面白いアイデアの持ち主だなと思う。もうちょっと調べてどんな人かフォローしてみたい。

下北沢の再開発に関するWebなどでの議論をみながら「みんな、『意見』を述べあうだけで、『データ』がない。データがあれば、解決策は自然に導かれるものだ」と言い切っていたのが印象的であった。もちろん「客観的なデータ、なんて存在しない」「その解釈には、意見、というか価値観が入り込むから自然に導かれる解決なんかはない」、とか反論はいくらでもできるし、その通りかもしれない。

けれど、おそらく中島さんが考えているデータの種類や量、解析の方法や種類はおそらく僕らの想像をかなり超えた「量」に上るのだろう。そいういった「量」を扱うことのできる時代に、それを利用しない手はない。そこからまったく異なる街のすがたが浮かび上がりうる、ということではないかと感じた。
(Web上の大量な情報から浮かび上がってくるもの、Google Earthなどが念頭にある)


次の打ち合わせがあったため、シンポジウムは中座。こんなに面白いシンポジウムなのに、思ったより参加者が少なかったのは残念だった。